2010年02月27日

無事帰国しました。

最後の最後でドタバタ悲劇が待っていました。



マクタン空港発が早朝6:35だったので、

「日本人海外旅行常識」からすると、

2時間前、4:35に空港で待機していなければならないものですが、


この空港の場合、規模がとても小さいし、

1時間くらいに着いていれば上等だろうと腹をくくっていました。

つまり、5時半くらいに空港に到着するのに、
ペンションハウスを5時ちょい前くらいに出ればいいや、という計算。



しかーーーーーーし、



見送りしてくれる友人が5時になっても来ないではないか。


いらいらしていたら、うとうと寝てしまって、(意外と焦ってない?)


待ち合わせ時間20分後くらいに、友人登場。


タクシーをすでに手配してくれてたみたいなんだけど、


運転手のおっちゃんが、これまたお喋りで・・・。


自分の親戚が日本で働いてるとかなんとか。


どうでもいいから、黙ってアクセルーーーーー!!!と私の心の中。





そして、いざ空港に着いたら、


今度は、朝はよから、行列ではないか・・・・



おとなしく行列に従い、やっとこさ来た私の番。



「あなたのスーツケース9キロオーバーしてるから、
9キロ出して減らすか、5000ペソ(約1万円!)払って。」



いやいやいやいや。




って、完全に私が悪いんだけど、ここで逆切れ。


「スーツケースが重いんだからしかたないでしょ!」
(今考えたら9キロのスーツケースも無理があるか。)

「今お金ないから、日本で払う!駄目?」



カウンターのおっさん、首を横にふる。くそっ。



「プリーズ、プリーズ、プリーーーーズ!」

って可愛く言っても効果なし。もう24だし、デブだし。



そして、そのオッサンは

「今から、バッグ開けて、9キロ分減らすしかないね、お金ないなら。」



くそっ、なんかムカつく言い方。



ここで、行列の中に日本人で、しかも福岡に帰る人がいれば、
一緒に、チェックインして、重量制限が倍になってオッケーだったかもしれないが、


なんせ、私の空港到着時間が、日本人の常識到着時間よりだいぶ遅れていたため、
日本人いない・・・。




だいぶゴネたが、無理だった。

たくさんの行列の前で、スーツケースを開け、

大量のドライマンゴー、マンゴージャムやダウニー1g(なぜダウニーなんか買ったんだか後悔。)
を、フェアトレードバッグ2つに移す移す。


移して、量り、首を横に振られる、

をかれこれ3回くらいしただろうか。



どっかの係りの兄ちゃんが手伝ってくれたんだけど、

「マム、そのデジカメちょうだい。手伝ってあげたんだから。」


無意識に出た言葉は、


「WHY?」

なんでアンタにデジカメあげなきゃならんのさ、アホか!そして、無視。

でも兄ちゃんしつこい。

「マム、じゃ、日本円でいいから、お金ちょうだい。
そしたら、俺が交渉してあげる。」


日本円、持ってないし、こっちのお金も、空港利用料で後で使う分しか持ってなく、


しかし、コイツは使えそうだ。


ポケットに手を入れると、100ペソ(200円)があったーーー!


彼に渡すと、彼はムカつくおっさんのところに行って、本当に、オッケーになった!


始めから、そうすればよかった・・・。



はっと、時計に目をやると、出発タイム過ぎてる!6:45って!



ありえない。乗り遅れたら、アイツらのせいだー!(完全に私が悪いんだけど。)
と思いながら搭乗ゲートまでダッシュ。

搭乗ゲートで、これまた別のオッサン(係員なんだけど)、私の顔を見ると、


「イシクラ?
あなた、最後の乗客だから、急いで。」


イシクラって・・・呼び捨て・・・。



はぁ、疲れた。無事、機内に乗れて一安心。





そして、機内のテレビの時計。6:30。


え???




久しぶりに(半年以上ぶり)にはめられた私の腕時計、


時間が世界標準時間(NHKタイム)から20分ほどズレていた・・・。




言われてみたら、時間でこんなに焦った思いをしたのも久しぶり。


あ〜フィリピンの生活が終わる、日本の生活が始まる〜


と、ここでも痛感したのです。





そして、無事に福岡の実家に着きました。

posted by kayokor at 15:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心の豊かさ

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フィリピンで人気の女優、クリス・アキノ。


父親は独裁政権に抵抗した500ペソ札の顔のニノイ・アキノ、

母親は去年他界したフィリピンのヒーロー、コラソン・アキノ。


そして、そのクリスさんのお兄さんは次の大統領選に出馬しているそうな。












そして、こちらは、セブのジョーンズ通りにて。

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昼真っから道端で寝ています。


見ての通り、おそらく家はありません。(ここを通ると、いつもここで寝ているので。)

奥にお父さんらしき人が座っています。













持ってる人は、莫大に持っていて、そしてまだ持とうとする。

富も名声も権力も。



自分たちがそれらを持つためには、どんな手段も使う。


目の前で、多くの大人たちが失業していることも、

子どもたちが夜中にお腹がすいて物乞いしていることも、

完全に彼らにとったら別世界で、別の生き物の話。


都合のいい時に、都合よく喜ばせて、都合よく扇動する。




だって、この国の半分以上を占める庶民層(貧困層)が、

みんな職につけて、まともな給料をもらうようになったら、


今持っている人たちの笑いは止まってしまう。











ここ、セブに来て、


以前、思っていた、

「いつか、お金持ちになりたい!」

っていう気持ちは失せた。


日本でもセレブセレブって騒いでるけど、


自分だけがなれる、そんなセレブになんかなりたくない。






豊かさは、心の中にほしい。


家族を大事に思ったり、

近所で助け合ったり、

いつも冗談を言い合ったり、

素敵な笑顔を作ったり。




これは、ここセブの持ってない人たちから教わったことかな〜








ということで、本日日本に帰国します。


posted by kayokor at 02:00| セブ 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月26日

結婚

先日、知人の結婚式(披露宴)に出席した。




素敵な結婚式でした。


開始時間は1時間遅れだし。

お祈りタイム4割、

記念撮影タイム4割って感じで。




元来、ひねくれものの私は、色々思うところがありすぎて、

ここに全部書いてたら、もうお呼ばれされなくなるので書かないけど。



でも、やっぱり、少しは書くけど。






フィリピンのことをあまり知らない日本人から見ると、


ごく、普通の披露宴です。

ホテルの一間を貸しきって、

招待客がたくさんいて、

花嫁の衣装替えもあって、

料理も豊富で、ウェディングケーキもご立派で。


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フィリピンの庶民層(貧困層)の結婚式には、まだ参加したことがないんだけど、


なんせ、10ヶ月、庶民層の人たちとばかり多く付き合ってるものだから、



この会場の華やかさに、日本人ながらドギモを抜かれたのは確かで。





絶滅に瀕しているコーヒーの実だけを食べる、なんとかっていうネコがするウンチからとられるコーヒー豆(すごい高いんですよ!!)


を、まじめにプレゼントした私は、どうも決まり悪かった。笑






そして、式がたんたんと進んでいく中で、

ここでもありました、花嫁から両親へのメッセージ。というよりもプレゼント贈呈報告みたいな。

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「パパとママは写真が好きだから新しいカメラをプレゼントします。」


さっすが〜カネモチ。


「そして、もう一つは、
これからアメリカでの生活が始まるので、(新郎アメリカ人)
たっくさん働いて、二人に銀行口座をプレゼントします。」



え・・・?銀行口座って・・・。
そんなこと、ここで披露する???



って思ってるのは、私だけで、会場感動の拍手。


結婚披露宴なのに、出稼ぎの気分マンタロウじゃないですか???



でも、きっと、これが、ここの現実で。


この私の知人が、このアメリカ人とどのような恋愛をしてきたかは詳しくは知らんけども、


こういう結婚の形って、ここではすごくよくあります。



外国人の結婚相手を探す出会い系サイトを利用している女の子がすごく多い。


貧困層の子は、言ったら、外国人との結婚が一発逆転の大チャンスになるわけで。

中流層では両親が、自分の娘は外国人と結婚させるなんて言ってるところもあるそうな。








学生時代にロシアの美術館で見た絵。

よぼよぼのおじいさんと結婚する若い花嫁が泣いている絵。




なんか、ふと、思い出した。


お金持ちになりたいっていう思いと、

ピチピチの若い子と結婚したいっていう


両者の利害が一致してるから、それでいいのかもしれないけど。





結婚ってなんだろ〜




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(結ばれた二人を意味して、本当にヒモで二人の首を結んでいます)






あ、でも、素敵な結婚式だったんです。(挽回不可能?)
posted by kayokor at 19:38| セブ 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

帰国を前に

今週は別れの場面ばかりで、本当に切ないです。



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今日は、フランシスカンの子どもの家でのラストでした。




ここは、なんかかんか、

私とセブを結んだ出発点でもあるから思い入れは確かにあるわけです。




シスターも本当にフレンドリーで、

シスターの過去の恋バナ聞いたりしたよな〜って思い出した。


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夜ごはんを子どもたちと一緒に食べて、


くだらん話から、込み入った話を上級生の子どもたちとしたりして。


カトリックじゃないけど、就寝前のお祈りも一緒にして、


一人一人にチョコレートとほっぺにチューをプレゼントしてきました。



そして、みんなから素敵な寄せ書きをまたいただきました☆☆






いつ帰ってくる??


ってあまりにいつも聞かれるから、

「5月に戻ってくる!」


って若干、適当に返事してる今日この頃ですが、

最近、あまりに色んなところで言い過ぎてるから、


マジで5月戻ってこないとーーーー!!





そして、

もっと、大変なのは、ここ、2週間くらいで急激に太ってきました。



それもこれも、おそらく、


しょうもない「食い意地」が原因で。



日本に帰ったら、食べれない(高い)グリーンマンゴーやバナナ、

日本ではクリスマスにしか食べないような、チキンの丸焼き、

無駄に甘いアイスクリームやお菓子など・・・




今、食べないと、もうすぐしたら食べれなくなる!っていう意地のせいで、


どんどん、どんどん太ってきてます。



あまりにも色んな人から太った太った言われすぎて、
若干開き直ってきたし。




空港に迎えに来てくれる家族が、私だとわかってくれますように・・・。

posted by kayokor at 22:36| セブ 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

切ない

プルメリアのスタッフの方のご好意で、


プルメリアの奨学生の中でも私と親交の深かった学生たちが集まってくれて、


お別れ会を開いてもらった。



みんなと喋ってたら、話が止まらず、



やっぱり、なんだか、日本に帰る気がしなーーーい。






来週の今頃は、ジプニーを通りで見かけることも、


露店でグリーンマンゴーを買うことも、


ふらふら歩きながら鼻をほじってるオッサンを見ることも、


爆音の「NO BODY」を聞くこともなくなるんだな〜




そう思うとやっぱり切ないです。








そして、そんな切ない気分での帰り道。




またしても切なくなる光景。



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写真撮ると、二人の男の子が興味持って近づいてきました。


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一人(左側)は、突然悲しそうな顔をして、

食べ物ちょーだいの仕草を始めています。



近くにいた地元の警備員に、



「グァダルペの山のてっぺんに更生施設があるからそこに行きなさい
 そこに行ったら、学校にも行けるし、ご飯も三食食べれるよ。」



と通訳してもらったのですが、



「あんなとこに行ったら毎日怒られるからヤダ!」




てのが彼らの答えでした。






すでに、ラグビー(シンナー)しちゃってるから、


目がうつろで。








自由に乞食になってお金稼いでラグビーするのがいいか、


更生施設で、規則はあるけど衣食住が約束されたところで生活するのがいいか。




大人たちも、無関心。


「だって、あの子たちが自由を求めているんだから」って。

「そういう施設に入ったって抜け出すんだから」って。

「シンナーで空腹を忘れることができるんだから」って。




それってどうなの????



自由って放置することか?










ほんの小学生くらいの男の子たち。



彼らにはどんな将来が待っているんだろう。







そして、今日もお腹がいっぱいになるほどご飯を食べれた自分の境遇に、


罪悪感を感じたり。


posted by kayokor at 02:10| セブ 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月22日

「モゥリ ナ コ。」

私の未熟なセブアノ語の中で、


「モゥリ ナ カ?」


というのがあります。


「帰るの?」っていう意味で、こう聞かれて、実際帰る時は、


「モゥリ ナ コ。」

と、答えます。





今までは、

「モゥリ ナ カ?」とたずねられると、

帰る場所は、今住んでるペンションハウスのことを指していたのですが、



今日、EMSのアクティビティで小学生の男の子と話していて、

私が今週帰国するっていう話をすると、


「モゥリ ナ カ?」

って聞かれました。


ここでは、もちろん帰る場所は、日本のことを指していて。



遠いよな〜


さびしいな〜



って、また切ない気持ちになりました。




10ヶ月セブにいて、なんかかんかあっという間だったんだけど、

子どもたちと過ごした時間は、たくさんあって、


長期でいれたからこそ、

恥ずかしがりやの子どもたちが、

私に話しかけるようになってきたり、おちゃらけたダンスを披露してくれたりってのがあったのは確かで。




今日も、ここでは私へのお別れダンスやソングをプレゼントしてもらって、幸せでした。

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ここの子たち、一人がソロで歌うってなっても、
いつの間にかみんなで大合唱になっちゃうのが可愛いんです。笑



そして、ダンス。さすが、こんな幼い子でも腰の振りはピカイチです。





EMSの子どもたちも、プルメリアと同様、スクワターかそれ同然の暮らしをしている家庭の子がほとんどです。


両親が、子どもの就学に協力的でない子どももいます。


というのも、両親も日々の暮らしがいっぱいいっぱいで、
子どもにも稼ぎ手になってほしいと思っていたり、

彼ら自身がまともに教育を受けていなかったりで、


教育の重要性を理解できていないというケースもあります。



特に、この国は、


階級社会で、

学歴社会で、

高失業率なので、


貧困層の子どもたちが、大学まで卒業して、安定した職に就くということが、

どれだけ難しいか。




ここの子どもたちが、EMSさんのサポートで、

幸運にも受け取ることのできた就学のチャンスを、


無駄にすることなく、高校卒業までがんばってほしいと祈るばかりです。


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みんなに、私から、


「何か問題にぶちあたっても、
 
 友達や家族、あなたを愛してくれる人々を信じて、乗り越えてね!」

って言ったけど、伝わったかな〜。




次セブに来たときに彼らの大きくなった様子を見るのが楽しみです。

posted by kayokor at 05:36| セブ 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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私が今研修させてもらってるNGO団体です。
一人でも多くの方がこの活動に参加していただけますように!
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