2009年09月07日

まずは知ることから

現在、日本の大学2回生で私のかわいい後輩の日記を転載させていただきます。


以下転送内容
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、「釜ヶ埼(あいりん地区)」ってみなさん知ってますか?

大阪の西成区に位置する約0.7haの地域のことです。
天王寺・阿倍野の近くです。

そこでは、約2万〜2万5千人ともいわれる日雇い労働者が
居住していて、その日暮らしの生活を送っています。

そして、不況と高齢化のあおりを受けて、
町はスラム化しつつあります。


そこへ、富士山から夜行バス乗って帰ってきたその日に
お父さんと、友達と、総勢8人で行ってきました。


まず、なぜそのような地域が形成されたのか?

その起源は、江戸時代にさかのぼります。
大阪は、水の都として運河を持ち、
その荷物の搬入に多くの人手を要しました。

そのような人々は人夫(にんぷ)と呼ばれ、
その多くが日雇いでした。
でも、彼らはなくてはならない存在で、
いわば「労働の供給源」として機能してました。

そういう「日雇い制度」があったわけです。

そんでだんだん工業革命とかが起こって機械が使われるように
なっていくわけですが、
「安い労働力が手に入る」としてその地区は存在し続けました。


戦後。
エネルギー転換によっって職を失った、
九州の炭鉱出身者などの多くが、釜ヶ埼へ流れてきました。

彼らはやはり「安くて丈夫な労働力」として
日本の高度経済成長を下から支えてきました。

たとえば新幹線の敷設であったり高速道路の建設などです。

毎朝4時ころに、たくさんのトラックが来て
そこにいる人々に「こうこうこういう仕事がある」と声をかけ、
労働者が受け入れると契約成立。
彼らはトラックへ乗って現場へと出ていきます。

信じられないかもしれませんが、
そこでは住民票も、保険証も、身分証明書も、何もいらない。

ただ、「健康な身体」という資本だけが必要。
それさえあれば、食べていける世界。
学歴も、対人関係のコミュニケーションスキルも、必要とされない。

今は不況で去年の今頃の仕事量の3〜4割しかないそうです。




お父さんからそういう地域があることは聞いてたけど、

やっぱり実際行ってみると、怖かった。

なんやろ、そこだけ、一瞬、
「戦後・・?」って思ってしまった。

でも、道路はきれいやねん。整備されてる。

そこで屋台とかリヤカーとかが出てて、

仕事がない人たち(50〜60代の男性が多かった)が

たくさんおる。

昼間に、あんなに多くの、

働いてるであろう人たちが道路にいるのを見たことがなかったから、

なんていうか、言葉がででこん思いがした。

それから市民センターの人の話聞いて、

すごい勉強になった。

薬物依存と、暴力団と、アルコール依存。

負の連鎖。

「ホームレス」と「ホープレス」という問題。

考えさせられるものばかりだった。

地域が必要としてることをするなら、
法律や条例を多少破ってでも、それをする。

それが、「憲法」に記載されてる権利を守ることになるから。

ほんま、実際見て、歩いてみると、
日本にもこんなに問題があるとわかる。


一番強く思うのは、
経済を下支えしてきた人たちが、
こんな状況に置かれているという矛盾感。

ものすごくかいつまんで話したけど、
ほんまはもっと話したいことあるねん!!

でも、話しても完璧にはリアリティを与えられへんから、
悲しい・・・。

行ってみたいって人、私に声かけてください。
お父さんと都合があえば、
また行けると思うので。

長くなってごめんなさいっ!
でも、ぜひ知っておいてほしいことです。

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自分の後輩がこんなにアクティブに社会を知ろうと動いている様子に感激しました。


で、しかもすごい私も考えさせられました。



だって、いい年の大人が仕事がなくてぶらぶらしてるって、フィリピンだけの話と思ってたら、

日本でも存在するんですね。


フィリピンに、来て、

「え〜!これって日本じゃありえない!」


って思うことって、意外と日本でもありえてることなんだと思います。


いまや東京にはストリートチルドレンもいるって聞いて衝撃だったし。





セレブ人気で、きらびやかなものに、あこがれる人がすごく今多いけど、


日本にも世界にもたくさんの問題が見え隠れしていて、


一人ひとりの力で、少しずつでもそれらの問題に目をむけて、解決できていったらいいと思います。



この後輩のように!

知ることってすごく、やっぱり大事だと思います。



そして、その後、「動く」ことができますように。(私も!)


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posted by kayokor at 14:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月05日

グッドラック

2週間どれだけ彼らに会いたかったことか!


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もはや誰も日記書かなくなったけど・・・。

これはまた対策を練らねば。




2週間しか経ってないのに、何人かの少年たちには何かとハプニングがあったようで。


その一人のM君、17歳。

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これは3月の写真です。




突然、背中にできた傷を見せてくれて、


来週から、故郷ミンダナオに帰らないといけないという知らせをしてきました。



わからないことだらけで、とにかく質問攻めさせていただきました。



順序立てて説明すると、


まず、この施設のなんだかのルールを破ったせいで、

施設のワーカーさんに怒られるのを恐れて、家出(施設出?)をはかったみたいです。


で、夜、コロンというセブの繁華街に逃げ込み、


それが運の尽きというのか、どうだったのか、


変な連中に絡まれて、鉄の棒みたいなもので襲われ、


背中に傷を負ったM君は、自力で病院に向かい、


そこで、ここの施設から来たことを言わざるを得なくて、


治療後、施設に戻され、もう実家に戻りなさいということだったようです。





そもそも、17歳の彼がミンダナオからセブに出てきたのも、


出稼ぎが目的だったみたいで、


働くはずだったのに、働かず、

ギャングにからまれ、銃で左肩をやられたために、

ここの施設に連れてこられたみたいです。

(今まで生きてるのがすごいくらいです。)




ミンダナオでは彼の祖父母が首を長くして彼の稼ぎ賃を待っているから、


彼にとってはとても、帰るのが億劫なようです。

両親や兄弟たちは、すでにばらばらになっているようです。





この何ヶ月かの経歴だけでも、日本の大人たちは「不良」扱いだと思うけど、


とても人懐っこくて、

私がビサヤ語(現地語)わかんないって言ってるのに、ビサヤ語でしつこく話しかけてくるし、

時には「I LOVE YOU」とかマセタことも言うけど、

すごく心の優しい男の子で。






私にとっては、話し相手が一人減ってしまうのはすごく淋しいし、


これから先、彼の人生をそばで見届けられないのがすごく残念です。




最後に私の思い出として、ツーショットの写真と、Tシャツちょうだい!

というので、ずうずうしいな〜と思いながらも、

Tシャツ即買いした私でした。





家族の元に帰るとはいえ、必ずしも幸せが待ってるとは限らないです。


これは、日本の人々もうなずけるところだと思います。




とにかく、彼にいい未来が待っていますように・・・。


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posted by kayokor at 21:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月03日

時給

私の英語の家庭教師をしてくれているAさんなんですが、


プルメリアの奨学生の一人で、



8月に、父親が家族を残して家を出て行ったようです。



のんべぇで、定まった収入のない父親だったにも関わらず、

やはり、いなくなるとなるで、不安は大きくなるようで、



6人姉妹の長女であるAさんは、


父親が放棄した「家族を養う」という責任を背負って、



ただでさえ大学で忙しくて、私の家庭教師の日程もドタキャンだらけだったのに、



深夜にファーストフードでアルバイトを始めました。




今日、会って、話を聞いたところ、



22時 ファーストフード店でアルバイト
|
6時

8時 学校
|
16時

17時 帰宅+睡眠

18時 家事

22時 (上に戻る)



週1で休みがあるだけで、ほぼ毎日このような一日のようです。



しかもこのファーストフード店ですが、

夜10時から朝6時まで深夜働きで、


時給約33ペソ。

日本円にして60円強です。


8時間働いて480円なんですよ・・・。



私たちからしたらやるせなくなります。


が、これが、ここフィリピンの現実です。




posted by kayokor at 23:07| セブ 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月02日

交通安全

レディ・ガガの「ポーカー・フェイス」を聞くと、


あ〜、セブに帰ってきた〜と実感します。


なんせ、街中のいたるところで音楽が爆音で流れているので。


この前日本に帰ったとき、あまりの静かさに驚いてしまったくらいです。





さて、戻ってきて早々、こっちらしい事件に遭遇したのでお伝えします。



今日ジプニー(こっちの乗り合いバス↓写真)に乗って出かけていたところ、

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突然、間近で、


バーン!!!




と爆発のような音がしたので、


ついにテロに遭遇してしまったかと思って、


とりあえず、自分の周りが安全だったことを確認した後、周囲を見渡すと、


横のジプニーのタイヤがパンクしたのだという・・・。


タイヤがパンクするのにあんな爆発音がするのかと思いましたが。



横のジプニーでは、乗ってた乗客がぞろぞろと別のジプニーへ移動を始めていて、


運転手さんは「やれやれ・・・」という感じで、のそのそと問題のタイヤの方へ降りていきました。



こういう時にいつもびっくり仰天してるのは私だけで、

私の前に座ってたオジサンは、

「あれは大丈夫だ、うんうん。」

と、声に出して、確信していました。




ここでは、乗ってるタクシーが突然止まって、

「エンジンが焼けて動かなくなったから降りてくれ」

というようなことを言われたり、



乗ってるジプニーが、乗客を乗せたまま、

きゅい〜んとガソリンスタンドに入って給油したり、とかがあります。



前なんて、バイクの後ろに乗ってて、ちょっと飛ばしすぎじゃないの〜?

と思って、運転手越しにメーターを覗くと、

ゼロだし!


彼らに速度制限という言葉はないんだと思いました、あの時は。




生きて帰ってこれてるから、まだ笑ってられるけど、


やっぱり、日本の事前点検って改めて素晴らしいと思います。



原チャで尾灯がついてないって5000円払わされた時はムカついたけどねー!


posted by kayokor at 20:04| セブ 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月01日

ふたたび

みなさん、ご無沙汰です。



日本帰国中、何度もブログ投稿試みたのですが、

なんせ、毎日だらけていたもので、結局一度も書かずじまいでした。


またこれから発信していくので見てくださいね!




そして、今日、こちらセブに戻ってきました。


ダラダラしてたものの、日本では色んな意味で、

「充電」できたような気がします。



自分が何やりたかったのか、


そして、これから何ができそうか、


見失ってたところもあったので、今回の帰国で再確認できてよかったです。




前回の3ヶ月が観察期間だとしたら、

これから、そろそろ動き出したいな〜というところです。



やりたいことっていうのは山ほどあって、


整理能力に欠けてる私は、いまだにそれらをまとめきれずにいるのですが、


動いて動いて、自分なりに見つけていこうと思います。






おっと、ネズミ君が早速、何食わぬ顔で私の横を走っていきましたが、


あまり、気にならなくなりました。


昨日日本でゴキブリ見た時は悲鳴をあげたのですが。


不思議な適応能力です。


posted by kayokor at 22:43| セブ 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
プルメリアバナー画像.jpg
私が今研修させてもらってるNGO団体です。
一人でも多くの方がこの活動に参加していただけますように!
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